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都営浅草線

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開業年月日:1960年(昭和35年)12月4日(押上~浅草橋)
営業キロ:18.3km(西馬込~押上、20駅)

都営地下鉄浅草線は東京都交通局の運営する地下鉄で、東京都大田区の西馬込駅から墨田区の押上駅までを結ぶ路線です。泉岳寺駅で京急本線、押上駅で京成押上線と接続してそれぞれ相互直通運転を行っているため、浅草線の軌間も標準軌1435mmとなっています。直通先の京急線および京成線はそれぞれ羽田空港、成田空港へのアクセスを担っているため、浅草線自体も空港アクセス路線として働いています。また、2010年からは北総線経由の成田スカイアクセスとの直通運転も行っており、都心部から成田空港へのアクセス路線としての役割を強めています。

路線はおおむねJRの既設の混雑路線のバイパスとなっているので、朝ラッシュ時の最混雑区間の混雑率が150%を下回るなど、東京の私鉄や地下鉄の中では比較的混雑は軽い方だといえるでしょう。沿線は、大田区・品川区内は大きな商店街のある戸越や中延もあり、住宅街の下を走っています。そして新橋や銀座などのオフィス街・繁華街を通り、台東区・墨田区では浅草橋や浅草など下町の賑わいを感じさせる街へとたどり着きます。

さらに今後の計画として、途中駅に特急列車待避設備を新設することで羽田・成田両空港駅間を65分で結ぶ計画や、並行する別線を東京駅を経由するバイパスとして新たに建設する案(浅草線短絡新線構想)などが持ち上がっています。

歴史

戦前より地下鉄への参入を希望してきた東京都にとって、浅草線は初の地下鉄路線となります。東京都心部の銀座・新橋地区を経由して京成電鉄(当時は京成電気軌道)の押上~京浜急行電鉄(京急、当時は京浜電気鉄道)の品川を高速鉄道で結ぶ構想は昔からあり、1920(大正9年)年に「東京市告示2号」として示された5路線の中にも1号線として記載されていました。その後、関東大震災、戦争による空襲で被害を受けたものの、急速な復興と将来の経済成長を見越した新たな高速鉄道(地下鉄)計画として1956年(昭和31年)の都市交通審議会第1号答申が策定されました。ここで、東京都は「帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)だけでは建設が追い付かない」と主張し、1号線が晴れて東京都によって建設されることになったのです。

同年10月に都の参入が正式に認められて免許が交付されると、新しい地下鉄線は押上駅で京成と、品川駅で京急との相互乗り入れを前提に建設が進められました。当時は京成と京急で軌間が異なっていましたが、京成が1372mmから改軌して都営と共に京急の1435mm軌間に統一することとなりました。路線建設は京成側から進められ、1960年(昭和35年)に押上~浅草橋間が開業、順次路線が延長されていきました。全線開通は1968年(昭和43年)11月15日のことです。

開業当初、他に都営の地下鉄は存在しなかったため単に都営地下鉄線と呼ばれていました。1968年(昭和43年)には新たに都営地下鉄が開業することになり、もともとの「都営地下鉄」(現・浅草線)は都営1号線、新路線が都営6号線と呼ばれることになりました。その後、さらに新線10号線の開業を年末に控えて正式名称を公募することになり、1978年(昭和53年)7月1日より1号線は浅草線、6号線は三田線、10号線は新宿線の名称が与えられました。


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